サイード「フロイトと非=ヨーロッパ人」
アイデンティティの根幹にひそむ外部性を、はからずもあぶり出そうとしちゃった最晩年のフロイトについてのサイードの解説はもう見事で、パレスチナという問題と格闘したサイードからしか出てこない示唆にあふれています。サイード=オリエンタリズムとバカのひとつ覚えでやっている人に、ほんともっとちゃんとサイード読め!って小一時間問い詰めたくなる。いまの私にとってフロイトの妄想ぶりは他人事ではない。
いっぽうフロイトが示唆し、サイードが掘り返したものの未来について、私はサイードほど楽観的にはなれないってのもあります。フロイトがホロコーストと1948年以降のパレスチナを見ずに他界したように、サイードが今後訪れるであろう世界を見ずに他界した、ということがリンクしてないことを祈ってます。